越谷市新方地区に伝わる埼玉県指定無形民俗文化財『北川崎の虫追い』

越谷市新方地区に伝わる埼玉県指定無形民俗文化財『北川崎の虫追い』

2014年7月1日

私が生まれ育った新方地区には豊かな自然がいっぱいあります。
田んぼや用水路には今でもタニシやカワニナ、オタマジャクシやザリガニなど多くの生き物が生息しています。
小さい頃、暑い夏の夜には家族で田んぼの畦道を歩き、蛍を数えて夕涼みしたものです。
昔ほど小魚は減り、蛍の姿も見ることはなくなりましたが今でも変わらない景色が残っています。
そんな新方地区に古くから伝わる伝統行事を紹介します。

新方1新方2

虫追いの歴史

史は古く江戸時代の後期、寛政三年(1791年)のこと。天候不順により稲に大量の虫が付いてしまったそうです。
そこで虫を火に引き寄せ追い払うために麦藁で作った松明を燃やしながら耕地を廻って歩いたところ、豊作になったそうです。
その翌年から現在に至るまで、豊作を祈願する年中行事として毎年7月24日に川崎神社で行われています。

神社j1神社j2神社3神社j4

松明(たいまつ)作り

7月5日に北川崎集会所で松明作り講習会が行われました。
北川崎自治会の方を講師に、募集は親子15組、一般10名でしたが、新方小学校の生徒達や保護者さん、先生方、
一般参加の方々、新方地区コミュニティ推進協議会の方々、北川崎自治会の方々など、大勢が集まり賑やかでした。

講座k2講座k3講座k5講座k6講座k7講座k8講座k9講座k10講座k11講座k12

参加した子ども達は、昔の話を聞いたり松明作りの実演をとても真剣に見ていました。
実際に松明作りの場面では雨が降ったりしましたが一生懸命に松明作りに取り組んでいましたよ。
地域に根付いた伝統的な行事の大切さを認識し、継承していくために学びました。

虫追いm1虫追いm2虫追いm3虫追いm4虫追いm5虫追いm6虫追いm7虫追いm8

北川崎の虫追い

夕暮れを待って地域の人々は鎮守の川崎神社に集まり、御神灯より麦藁を束ねた80本ほどの大小の松明に火を灯し、
提灯、鉦、太鼓、幣束持ち、松明を持った人々で行列を作り「稲の虫、ほーいほい」と唱え田んぼの畦道を進行する。
北川崎と大杉の境まで来ると燃え残りの松明を一箇所に積み、手締めをして一同解散します。

行列f1行列f2手締めt1

日時・・・7月24日 18時~20時頃
出発・・・北川崎の川崎神社
終点・・・大杉のくすのき荘の橋の袂

虫追いの豆知識

かつては水田の裏作として麦を作っていましたが次第に生産量は減ってきました。
麦を刈り取る際に使用するコンバインですが、近年の物は刈り取りと同時に藁を粉砕してしまいます。
松明に使用する麦藁は長いままの状態です。それを大きな松明80~100本分!大量の麦藁を使用します。
麦藁を確保するだけでも大変な作業なのです。

麦藁w1麦藁w2

虫追い当日には小麦まんじゅうや、あずき粥を作る家もあります。
あずき粥は「土用っけ」と呼ばれ、あずきの粥の中に米の粉を練って作った団子を
入れたもので、暑い土用に食べると病気もせずに健康でいられるという習わしがあります。

小豆粥a1小豆粥a2小麦団子d1

幣束は青竹の先端を二つに割り、その間に作物の神様である群馬県の榛名山神社のお札と
雨乞いの神様である群馬県板倉町の雷電神社のお札をはさんで先を麻の紐でしばって作ります。

幣束h1幣束h2

 

 ア ク セ ス
川崎神社・北川崎集会所の住所:越谷市北川崎107

出発地点の川崎神社へは
北越谷駅東口、茨城急行バス「大正大学入口」行き「東埼玉テクノポリス南」行きなどで松伏バス停下車
堂面橋を渡り大杉公園通りを約500m直進。右側にあります。
終点のくすのき荘へは
北越谷駅東口、茨城急行バス「老人福祉センター」行き、終点
せんげん台駅東口、茨城急行バス「老人福祉センター」行き終点

  • 公共の交通機関を利用するか、自転車や徒歩で行くのをお勧めします。
  • 移動中にトイレはありません。事前にすませておいて下さい。
  • 燃え盛る松明にはじゅうぶんに注意して下さい。
  • 進行の妨げになる場所での見物はご遠慮下さい。

 

近年、市域の都市化が進み農地が少なくなったこともあり、虫追いは火災予防のため中止した地域が増えたなか、
新方地区の北川崎では、伝統ある年中行事を絶やすことなく、地域市民が一体となって守り続けてきました。
「北川崎の虫追い」は、埼玉県内で唯一、現在まで存続している民族行事として大変貴重なものです。
是非、ご覧になってみて下さい。

(2014年7月 by クワイエメンバー  ミサペイ)

地図

川崎神社・北川崎集会所

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